(Ⅲ)スコープ
1. 疾患トピックの基本的特徴
  1.1. 臨床的特徴
   上衣下巨細胞性星細胞腫(subependymal giant cell astrocytoma:SEGA)は,一部の特殊な症例(孤立性SEGA)を除き,結節性硬化症の患者に特異的に合併する中枢神経病変である。結節性硬化症は,SEGA,腎血管筋脂肪腫(angiomyolipoma:AML),肺リンパ脈管平滑筋腫症(lymphangioleiomyomatosis:LAM),顔面血管線維腫(facial angiofibroma)などの,TSC1遺伝子またはTSC2遺伝子の変異により発生する過誤腫や,てんかん,知的障害,自閉症などの行動異常をはじめとしたさまざまな症状を呈しうる全身性疾患である。結節性硬化症の診断は,臨床的診断基準に基づき,補助的診断として遺伝子診断が用いられる(表1)。臨床診断基準で結節性硬化症と診断できない不全型(モザイク等)の例が,数年を経過して診断されることがあるので注意を要する。
 
表1 結節性硬化症の診断基準
(難病情報センターより引用 http://www.nanbyou.or.jp/entry/4385

1)遺伝学的診断基準
 TSC1またはTSC2遺伝子の病因となる変異が正常組織からのDNAで同定されれば,結節性硬化症の確定診断(Definite)に十分である。病因となる変異は,TSC1またはTSC2タンパクの機能を不活化したり(例えばout-of-frame挿入・欠失変異やナンセンス変異),タンパク産生を妨げる(例えば大きなゲノム欠失)ことが明らかな変異,あるいはタンパク機能に及ぼす影響が機能解析により確立しているミスセンス変異と定義される。それ以外のTSC1またはTSC2遺伝子の変化で機能への影響がさほど確実でないものは,上記の基準を満たさず,結節性硬化症と確定診断するには不十分である。
 結節性硬化症患者の10~25%では一般的な遺伝子検査で変異が同定されず,正常な検査結果が結節性硬化症を否定する訳ではなく,結節性硬化症の診断に臨床的診断基準を用いることに何ら影響を及ぼさない事に留意すべきである。

2)臨床的診断基準
 a)大症状
  ①白斑(脱色素斑)(長径5mm以上の白斑3つ以上)註1
  ②顔面血管線維腫(3つ以上)または線維性頭部局面(前額線維性局面)
  ③爪(囲)線維腫(2つ以上)
  ④シャグリンパッチ(粒起革様皮)
  ⑤多発性網膜過誤腫
  ⑥皮質結節または大脳白質放射状神経細胞移動線(複数)註2
  ⑦上衣下結節(SEN)
  ⑧上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA)
  ⑨心横紋筋腫註3
  ⑩肺リンパ脈管平滑筋腫症(LAM)註4,註5
  ⑪血管筋脂肪腫(AML)(2つ以上)註5,註6
 b)小症状
  ①散在性小白斑(紙吹雪様皮膚病変,金平糖様白斑)
  ②歯エナメル小窩(3つ以上)
  ③口腔内線維腫(2つ以上)
  ④網膜無色素斑
  ⑤多発性腎嚢胞
  ⑥腎以外の過誤腫
 c)注釈
  註1:乳幼児期に生じたものに限る。
  註2:皮質結節と大脳白質放射状神経細胞移動線がつながっている場合は1つと数える。
  註3:胎児期,新生児期,乳児期に生じたものに限る。
  註4:肺以外のリンパ脈管平滑筋腫症(LAM)を含めて良い。
  註5:LAMとAMLは大症状であるが,この2つの組み合わせのみでは大症状1つと数えられ,他の症状がない場合は確定診断の基準を満たさない。
  註6:腎および腎以外のAMLを含む。

3)診断のカテゴリー
 Definite(遺伝学的診断基準による確定診断):TSC1またはTSC2遺伝子の病因となる変異が正常組織からのDNAで同定される。
 Definite(臨床的診断基準による確定診断):大症状2つ,または大症状1つと2つ以上の小症状のいずれかを満たす。
 Probable(臨床的診断基準による疑い診断):大症状1つ,または小症状2つ以上のいずれかが認められる。

   SEGAは側脳室の上衣下層から発生するWHO grade 1の低悪性度の腫瘍である。ほとんどが側脳室のモンロー孔近傍に好発するが,側脳室壁や脳弓,内包,基底核など脳実質内の発生,多発性の報告がある。SEGAは出生時から発生していることがあるが,20~25歳以後に新たに発生することは稀である1)。SEGAは緩徐に増大するため,ある程度の大きさに達するまでは無症候であることが多いが,小児期から思春期にかけて発症することが多い。増大すると,神経脱落症状,視力障害,てんかんの悪化,認知障害の増強および行動変化などの臨床症状を引き起こす。いずれもモンロー孔の閉塞による水頭症が関与することが多く,さらに水頭症の悪化により,頭蓋内圧亢進症状をきたしたり,生命の危機に瀕する危険性がある。ただし,発達遅滞を伴っている患者も少なくなく,症状や体の不調を言葉で訴えられず,診断が遅れることが多いので注意を要する。また,急速な増大により腫瘍内出血をきたすことがある。
  1.2. 疫学的特徴
   結節性硬化症患者の頻度は世界的に10,000人に1人と言われ,本邦でも同程度と考えられ2),全国でおよそ1万人の患者がいると推定されている。SEGAの結節性硬化症患者における発現率は5~20%といわれ1),結節性硬化症患者の死亡の原因の一つである3)
  1.3. 診療の全体的な流れ
   結節性硬化症に伴う神経病変としては,SEGAのほか,大脳皮質結節(cortical tuber),上衣下結節(subependymal nodule:SEN),放射状大脳白質神経細胞移動線が知られているが,臨床上SENとSEGAの鑑別が重要である(図1)。SEGAの画像診断基準(表2)は,「尾状核視床溝(caudothalamic groove)も含むモンロー孔近傍に位置する病変で,(1)最大径1cm以上,(2)経時的に増大する上衣下腫瘍(造影効果の有無を問わない)」となっている1)。通常SEGAでは著しい造影効果を示すが,増大傾向を示す上衣下病変では造影効果がなくともSEGAとみなすべき点に注意を要する。
  図1 結節性硬化症に伴う神経病変の画像所見
 

水頭症を伴うSEGA

両側性SEGA

腫瘍内出血を起こしたSEGA

上衣下結節(subependymal nodule:SEN)

大脳皮質結節(cortical tuber)
 
 
表2 SEGAの画像診断基準(International Tuberous Sclerosis Complex Consensus Conference 2012)
尾状核視床溝(caudothalamic groove)も含むモンロー孔近傍に位置する病変で,以下の条件を満たすもの
(1)最大径1cm以上,
(2)経時的に増大する上衣下腫瘍(造影効果の有無を問わない)
   なお,SENは5~10mm未満で通常造影されず増大しないが,SEGAに進展する可能性があるといわれている。したがって,結節性硬化症が疑われる患者では,まず診断のために神経学的評価と画像検査を行い,SEGAが発見された後も定期的な検査により経時的な観察を継続すれば,増大を早期に発見することができる。画像検査は,可能な限りMRI検査を行い必要に応じて造影も追加する。水頭症の有無もチェックする。ただし,知的障害・自閉症を伴う場合は鎮静下の検査となることもあるため,その適応と方法に特別な配慮が必要であり,場合によってはCT検査で代用される。
 SEGAに対する治療は,腫瘍の制御と神経症状の予防ないし改善,水頭症のコントロールを目的とし,病態によって異なる。病態は,①急性症候性,②非急性症候性,③無症候性(増大あり),④無症候性(増大なし)の4段階に分類する(表3)1,4,)
 ①急性症候性とは,急性閉塞性水頭症や腫瘍からの出血により症候性となり,ただちに治療を要する病態である。②非急性症候性とは,腫瘍に起因する非急性の神経症状や,説明のできない症状の悪化がみられる場合である。また,無症候性であっても,著しい脳室拡大や急速な拡大傾向,腫瘍周囲の著しい脳浮腫や脳圧排所見など,近い将来症候性になりうると考えられるsubclinicalの画像所見がみられるものを含む。③無症候性(増大あり)とは,腫瘍に起因する神経症状は認めないが,経時的な画像検査で腫瘍の増大傾向を認めているものである。④無症候性(増大なし)とは,腫瘍に起因する神経症状なく,経時的な画像所見でも腫瘍の増大傾向を認めないものである。
  表3 SEGAの病態分類
 
病態分類 説  明
急性症候性 急性閉塞性水頭症や腫瘍からの出血により症候性となり,ただちに治療を要するもの
非急性症候性 腫瘍に起因する非急性の神経症状や,説明のできない症状の悪化がみられるもの 無症候性であっても,著しい脳室拡大や急速な拡大傾向,腫瘍周囲の著しい脳浮腫や脳圧排所見など,近い将来症候性になりうると考えられるsubclinicalの画像所見がみられるもの
無症候性(増大あり) 腫瘍に起因する神経症状は認めないが,経時的な画像検査で腫瘍の増大傾向を認めているもの
無症候性(増大なし) 腫瘍に起因する神経症状なく,経時的な画像検査でも腫瘍の増大傾向を認めないもの
   急性症候性の場合は外科的切除が第一選択であり,全摘出により治癒する可能性が高い。また,SEGAに伴う水頭症は,多くの場合は摘出により解消されるが,腫瘍摘出後にも脳室拡大・水頭症症状が改善しない場合には脳室-腹腔シャント術,あるいは脳室-脳槽間内シャント術の適応を検討する。なお,水頭症を伴うSEGAの外科的切除が速やかに行えない場合は,水頭症に対する外科的処置を行って一時的な症状の改善を行うことがあるが,外科的切除をいつどのようにして行うかなど,あらかじめSEGAに対する治療方法を十分に検討しておく必要がある。手術適応を検討するうえで,腎血管筋脂肪腫(AML)や肺リンパ脈管平滑筋腫症(LAM)などの合併症による全身状態を考慮する必要があるが,SEGAは,それらによる腎機能や肺機能の障害が出現する成人期よりも前に発症することが多いので,問題になることは少ない。非急性症候性,無症候性(増大あり)で,外科的切除が危険あるいは困難と判断される場合は薬物療法や放射線治療が行われることがある。また,外科的完全切除が困難な場合は手術前あるいは手術後に薬物療法や放射線治療が行われることがある。しかし,現状では非急性症候性や無症候性(増大あり)の状況での治療方針は明確ではないので,この点についてのクリニカルクエスチョンを主に作成した。
 結節性硬化症の原因遺伝子であるTSC1とTSC2は,mTORシグナル伝達経路の負の調節因子であり,結節性硬化症に伴うSEGAの治療薬として,mTOR阻害薬が日本で2012年12月に承認された。mTOR阻害薬の有用性を示した臨床試験は,病状が安定しており手術を必要としないが,画像上増悪傾向のあるSEGAを対象としている5)。投与量は,血中薬物濃度を指標に調節する必要がある。腫瘍縮小効果が得られる率は高く,通常は3カ月以内の早い時期に効果が確認でき,投与継続により長期間にわたり腫瘍縮小効果が持続する。したがって,一般的な抗腫瘍薬に比べると,投与期間は長期になる。ただし,投与を中止すると,いったん縮小していた残存腫瘍が再増大することがある。また,間質性肺炎,感染症,口内炎などの副作用があり,安全性については,妊孕性などまだ明らかにされていない点もある。したがって,mTOR阻害薬は,外科的切除の対象とならない患者での有力な治療選択肢となりうるが,その適応は,現時点では明確な基準はなく,症例ごとに検討する必要がある。また,結節性硬化症に合併するてんかん,腎AML,皮膚病変に対して副次的効果が認められることもあるが,SEGA以外ではAMLに対してのみ承認されている。
 いずれの治療を選択するかは,個々の症例ごとに,病状・病期,SEGAの治療歴,合併症の病状,手術の難易度,施設の経験値,患者・家族の希望,などを考慮して総合的に判断する。また,SEGAと診断され,画像検査によるフォローアップを行う場合は,腫瘍増大により起こりうる症状につき,患者ならびに家族が理解し対処できるよう,十分な説明を行う。
  参考文献
(1) Roth J, Roach ES, Bartels U, et al. Subependymal giant cell astrocytoma: diagnosis, screening, and treatment. Recommendations from the International Tuberous Sclerosis Complex Consensus Conference 2012. Pediatr Neurol. 2013; 49(6): 439-44.
[PMID: 24138953]
(2) Ohno K. Molecular epidemiology of tuberous sclerosis. In: Niimura M, Otsuka F, Hino O (eds.), Phacomatosis in Japan. Japan Scientific Press/Karger, Tokyo, 1999, pp53-71.
(3) Shepherd CW, Gomez MR, Lie JT, et al. Causes of death in patients with tuberous sclerosis. Mayo Clin Proc. 1991; 66(8): 792-6.
[PMID: 1861550]
(4) Krueger DA, Northrup H; International Tuberous Sclerosis Complex Consensus Group. Tuberous sclerosis complex surveillance and management: recommendations of the 2012 International Tuberous Sclerosis Complex Consensus Conference. Pediatr Neurol. 2013; 49(4): 255-65.
[PMID: 24053983]
(5) Franz DN, Belousova E, Sparagana S, et al. Efficacy and safety of everolimus for subependymal giant cell astrocytomas associated with tuberous sclerosis complex (EXIST-1): a multicentre, randomised, placebo-controlled phase 3 trial. Lancet. 2013; 381(9861): 125-32.
[PMID: 23158522]

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